禽ノ哭ク刻サイドストーリー「ミクリヤ」
 ■文化祭・2■


私と雪は、文字通りにお祭り騒ぎの校舎内を進んでいく。

何年かぶりに会うあの子は、普通の子供になっていた。
営業用の笑みが、私には随分とわざとらしいものに感じる。
だが、それも『普通』の範囲内だ。決して歪ではない。
接待委員とは、つまり校外からのお客に対して、学校内を案内することが仕事であるらしい。
まさに接待だ。浮かべる笑みが友人間の親しく自然なそれでなくとも、当然だろう。
私としては、あの雪が笑っているだけで…………何も言えなくなる。
何がこの子を変えたのだろう? 
学校に通い出したことがよかったのだろうか?
まぁ、今を楽しそうに生きていてくれるなら、言うことはない。
今さら私が母親顔でそんなことを言ったならば、それこそ滑稽だろうけれど。

「……で、えーっと、こっちが図書室です。文学史がまとまってます」
「それより、よかったのかしら? 私の相手をして」

雪は私を先導する形で、校内を案内してくれている。
腕章のさす役目を、しっかりと遂げていると言える。
しかし、そのために可愛い女の子たちの元を離れねばならなかったのだ。
せっかく、お喋りをしていたところだったのにね……。
このくらいの年の男の子なら、仕事より女の子と話していたいでしょうに。

「いいですよ。鬱陶しかったし」
「いいのかしら? そんなこと言って」
「からかわれてただけですよ、俺」
「そうなの?」
「そうなんです」

雪は女の子たちとの会話に、楽しみを見出してはいないようだった。
疲れた顔で笑い、深く息を吐く。それは営業用ではなく、自然な仕草だった。

「先輩って背が低くて可愛いですねって、全然褒めてないし……」

雪は背が低いことを気にしているらしい。
確かに成長期である中学2年生で、この身長では先が思いやられる。
目算だけれど、150センチに達していないのではないだろうか?
やはり、幼い頃の栄養事情が影響しているのだろうか?
あるいは、訓練内容が身体に合わず、成長を阻害されたか……。
もしも普通に……邪に襲われなければ、この子は何センチまで伸びていたのだろう?

「まぁ、この辺で見る展示は以上です。昼から体育館で劇もありますし、どうぞ」
「――――――あ、ええ。ありがとう」

気付けば、雪による校内の案内は終わっていた。
私は最初に雪を見かけた場所に戻ってきていた。
どうやらここが所定位置であり、校内の東側をぐるりと回ることが雪の仕事らしい。

「あ、先輩。もう回ってきたんですか?」
「真っ直ぐに帰ってくるなんて、いい子いい子〜」
「止めろってば。ああもう、頭を撫でるな!」

同じ接待委員らしき女子生徒二人に、私と雪は迎えられた。
特にそのお迎えの片方は、雪の頭を撫で回すと言う熱烈ぶりだった。
ただ……からかっているだけ、と言うのは本当らしい。
恋愛的な好意は感じられず、子犬のじゃれ合いを連想させる。
雪の白い髪が、まるで寝起きのようにくしゃくしゃになっていく。

「うぅ、副ちゃん! 委員長をこういう時にフォローするのが副の役目だろ?」
「あっ、でも正直に言うと、私も先輩が真っ直ぐに帰ってくるとは思わなかったと言うか……」
「うんうん。私も途中でテキトーにばっくれちゃうと思ってたんだよね」
「……お、俺ってそこまで信用がないのか?」
「楽をするためだけに、こんな委員会を立ち上げるほどですしね」

がっくりと肩を落とす雪。
苦笑する女子生徒たち。
私を前に取り繕って、そう言う関係を見せているのではない。
これがきっと、雪の学校でのありふれたの姿なのだろう。

「ねぇ……学校は楽しい?」

ふと、そんなことを尋ねていた。
もっと言いたいことはあった。
言うべきこともあったように思う。
同じく、謝るべきことも……。
けれど、結局こんなことしか言えなかった。
雪はきょとんとして、私の顔を見つめた。

「まぁ、それなりに」

きっちり3秒だけ沈黙してから、雪はそう答える。
その顔に気負いや嘘はないように思えた。
少なくとも、私が昔感じていた得体の知れなさはなかった。

「そう、ありがとう」

私はさらに色んな話をしたかった。聞きたいこともあった。
けれど、雪の背後の生徒がこちらを興味深そうに見つめていることに気付く。
あぁ、そうだ。こんなところで話すべきことではない。
雪が楽しく学校生活を送っているのであれば、波風は立てるべきではない。
それに気づいた私は、先ほどの雪のような営業用の笑みを浮かべて、きびすを返した。

「今のって、先輩のお母さんですか?」
「違うよ。俺に親はいないしね」

背後のやり取りが聞こえてくる。
雪は何の気負いもなく、親はいないと言い切った。

「……えっ、あの、ホントなんですか?」
「うん。毎日とおーい施設から、えっちらおっちら通ってるよ」

それまでは普通だった女子生徒の声が、急にしおらしくなった。
しかし、雪はやはり変わらずにあっけらかんとしていた。
そして『両親と生き別れ、児童援助機関の施設に世話になっている』と簡単に説明した。
実際に邪狩りの名家である陸奥家は、邪狩り育成機関である希望の家に
身寄りのない児童の救済と援助と言う側面も設けているので、まんざら嘘でもない。

――――――ふと気付けば、私は立ち止まって振り返って、雪を眺めていた。

「えっと、その……何て言ったらいいか……」
「別にいいよ。気にしないで。俺も気にしないし」
「ご両親がいなくて、寂しくとかないんですか?」
「今さらかなぁ? いないものはしょうがないし。それに新しく両親なんて、要らないしね」

雪はそう言って、ふと虚空を見あげた。
もしかすると、本当の両親を思い出しているのかもしれない。

「先輩って、意外と大変なんですね」
「い、意外って……俺のことをどう思ってたの?」
「だって、もっと自由奔放と言うか、ちゃらんぽらんって言うか」

「もう十分、黙りこくって憂鬱な時間は過ごしたからさ。
 だから俺は、ゆっくりのほほんと生きていくつもりなんだ。
 我が道を行くと言うか、自分のやりたいようにやると言うか……」

女子生徒の言葉に対し、雪は極めて自然体に話を続ける。
しかし私には、その声の中に本当に老成した何かを感じた。

「色々とまぁ、施設ではあるけどさ? テキトーに無視してるし」

おそらく、それは邪狩りの訓練のことを言っているのだろう。
雪の訓練の成績は知らないが、この分だとかなり手を抜いているのだろう。
邪狩りの家系に生れたわけでもなく、訓練は強制によるモノだ。
あの子が問題にならない程度に手を抜く術を見につけたのならば、それはよいことだろう。
少なくとも私は、あの子が真面目に訓練を受けるべきだとは思わない。
ただ女子生徒は雪の発言を施設内の規則のことだと取ったのか、呆れていた。
施設内の規則をテキトーに無視している。
そう聞いてしまうと、確かに雪がひどくちゃらんぽらんに聞こえるだろう。

「俺の今の目標は、楽に生きることかな。ずっと微温湯に浸かっていたい」
「…………すごくジジ臭くないですか、それ?」
「それだけ俺も苦労してるんだよね、一応」

やれやれと、雪は肩をすくめて嘆息した。
それは私から見れば、やはり実感のこもった仕草だった。


◇◇◇◇◇


――――――結局、私は雪とまともな会話をすることは出来なかった。

話したいことも話せず、何か謝りたいこともあったはずなのに……。
しかし、これでよかったのかも知れない。
雪は私の謝罪など、これっぽっちも必要としていなかったのだから。
そもそもあの子にとって、もう親そのものが必要でないのだろう。
親は、ただ書類上だけに存在していればいいのかもしれない。

雪のその思いに対し、悲しいとか寂しいと言う筋合いはない。
何故なら、私はあの子の母親ではないのだから。
書類上どうあろうとも、心情的には完全な他人なのだから。
それに私が雪に歩み寄りたがったのも、ただの感傷かもしれないのだから。
少なくとも、雪にしてみれば、今さら書類上の親から歩み寄られる理由もないのだろう。
実際、あの子は私が誰であるのか、まったく分からなかったのだから。

あぁ……なんだろうか? 
ひどくすっきりとしたような気がする。
しこりを解決する要因は、どこにあったのだろう?
まともな会話も出来ず、私の心が晴れる理由は見当たらないのに……。
いいや、違うか。雪の姿が見れた。雪は今を楽しそうに生きていた。
だから、私の心は晴れたのだろう。ある意味、度し難いものだと思う。
でも、まぁ、いいだろう。
何しろ、あの子は今、笑っているのだから。

私はそれなりの開放感を覚えつつ、中学校を後にした。
私は母親として、家族として、あの子には何もしてやれない。今さら、する資格もない。
進路についてともに悩むことも、恋人について話し合うことも出来ない。
どれだけ時間をかけても、もうそこまで打ち解け合うことは出来ないだろう。
あの子はこれからも、私たちを必要とせず生きていくのだろうから。

だから私は、ただただ空に向かって願うことにした。
――――――どうか、これからもあの子が笑っていられるように、と。


◇◇◇◇◇


そんな風に感じていたのに、高校卒業と同時にあの子が可愛い恋人を連れて、
我が家へと初めての帰宅をする――――――なんて話もあるのだけれど…………

「あやつの相棒にして、その半身でもあるサトゥルヌスだ」
「ついでに恩人にして姉にして師匠にしてその他諸々担当のキツネさんだよ。以後よろしく」

恋人以外にも、何やら若い女性がくっついて来ていた。
彼女たちとは結局どのような関係なのだろう?
判然としないその気持ちが、私の顔に出ていたらしく、キツネなる女性が言葉を付け加えた。

「まぁ、分かりやすく言って、ボクらは雪くんの奴隷さ。そう、恋の奴隷だよ!」

彼女はそう言って、くすくすと笑うけれど……全然分かりやすくなった気がしない。
恋人さんはそれでいいのかと視線で問うと、さほど気にしていないようだった。
すでにあの子達の間では、本妻が一人で、側室が二人と言う状態が普通であるらしい。
いやこの様子では、もっと他の……何らかの形で女性が絡んでいるのではないだろうか?

あのね? おばさんはもう、本当におばちゃんだから……。
今の若い人の恋愛観には、もうついていけそうにないわ。
ちょっと自由恋愛過ぎると言うか……。

――――――でも、雪の傍にいる女性全員が見目麗しいのは事実。
これなら、生れてくる孫はとっても可愛らしいんじゃないかしら?
私は少し現実逃避気味に、そんなことを考えたりもした。






…………ところで、側室のお二人が、実は人間じゃないように思うのは、私だけ?













 ■終わり■