〜この話はフィクションです。
登場人物の性格、設定など本編とは異なる場合があります。
また、本編とは何ら関連性はありません。〜





 うららかな夕暮れ時。学校の中は様々な音で包まれている。
 運動部のかけ声、ブラスバンド部の楽器の音、アーチェリー部の矢を射る音など様々だ。
 そのアーチェリー部の練習場へと顔を出した狼は目的の人物を見つけ出す。
「よう、戀。今日も精が出るな?」
「あっ、狼くん。今日はもうお帰りですか?」
「ああ、その予定。戀は部活なんだろう?」
 狼は陽気にそう言う。彼は帰宅部だった。こんな時間まで学校に残っていたものの、これといった用事があるわけではない。
 対照的に戀はアーチェリー部のエースだ。熱心な運動部員同様、彼も毎日遅くまで練習をして、自分の技量を磨いている。
 しかし、この日だけは違った。彼は、一つの決心をしていたから。
「いえ……今日はもう上がることにします。狼くん、少し待っていて貰えますか?」
「ああ、かまわないけど……良いのか? いつもは一番最後まで残ってるのに」
「ええ、かまいません。今日はちょっと特別ですから」
「特別って……何かあるのか?」
「はい……。もしかすると、何もないかもしれませんけどもね」
 そう言って戀は優しく微笑む。その笑みに、狼は驚いたように表情を変え、少し顔を背けた。
「そ、そうか……? それなら待っててやるから、早く……」
「そうですね。すぐに着替えてきます」
 微笑みを浮かべたまま、戀は部室へと戻っていった。狼はそれをぼんやりと見送る。
 待つ時間は短くも長くも無かった。戀は着替えを手早く終らせ狼の元へと小走りで近寄ってくる。
「お待たせしました。それでは帰りましょうか?」
「ああ、わかった」
 二人は校門へ向かってゆっくりと歩き始める。最近は戀の部活が忙しかったため、こうして一緒に帰るのは久しぶりだ。
「そうだ……せっかく一緒に帰れるんだし、何処かによっていくか?」
 思い出したように狼が声を掛ける。それを待っていたかのように戀は答える。
「それなら、行きたいところがあるんです。狼くんと一緒に……」
「よし、それならそこへ行こう。で、どこなんだ?」
「こっちですよ」
 戀の手が狼の手を掴む。そして先導するように歩き始めた。
 どれほど歩いただろうか、二人は人気のない川沿いの鉄橋の下へと来ていた。既に日は大きく傾き、今にも夜の帳が落ちんとしている。
「ここか……? ここで何かあるのか?」
「何があるというわけではないんですけど……狼くんと秘密のお話があるんです」
「秘密……? なんだ?」
 戀の真面目な表情を見て狼も真面目に受け答える。相談事なんて珍しいと思いながら。
 しばらく戀は口を開かなかった。時々思い出したように電車が大きな音を立てて頭の上を通過していく。
 どれくらいそうしていただろうか。戀はようやく、小さく口を開いた。
「狼くん。狼くんって今、好きな人……いるんですか?」
「は……?」
 突然の質問に狼は面食らった。それと同時に胸の鼓動が早くなるのを感じる。
「狼くんには御門さんや霞魅さん……幼馴染達がいるのは解ってます。でも、それだけは聞いておきたくて……」
「それを……聞いてどうするんだ?」
「それは……」
 顔を背ける。かすかにその頬が赤く染まっている。
 狼もいつの間にか顔が赤く染まりはじめていた。心臓の鼓動はますます大きくなっていく。
 微妙な沈黙が続く。二人とも言葉を発しない。
 また、二人の上を電車が大きな音を立てて通過していった。
「俺は……一応、好きな人はいる……」
「いる……んですか?」
「ああ。でも告白はしていないし、する気もなかった。バカらしいと一笑されるだけだと思っていたからな」
 自虐的な笑みを浮かべつつ狼は呟いた。
「そんなっ! そんなことありません。狼くんが好きになった人だったら、そんなこと……」
「そう思うか?」
「はい、思います」
 キッパリと、だけど少し寂しそうに戀がそう口にする。
 その言葉に少しだけ狼の表情が軟らかくなる。
「戀がそう保証してくれるならそうなんだろうな……」
「ええ、もちろんです。狼くんが好きになるんですから、きっと素晴らしい女性なんでしょうね」
 戀はいつものような笑顔を装いながらそう言う。そんな戀を狼は真っ直ぐに見つめた。
「……聞きたいか?」
「……良いんですか? 僕なんかが聞いても」
「ああ、聞いても良いさ。いや……戀だからこそ、聞いて欲しい」
 そう言って狼は深呼吸をする。心臓の鼓動は嫌でも高まっていく。
「実は俺が好きなのはな……」
 その時、再度電車が大きな音を立てて二人の上を通過していく。狼の声はその音にかき消されてしまった。
 しかし、戀には聞こえたのだろう。目に見えて狼狽えた表情になっていく。
 二人とも、頬が不自然なほどに赤くなっていた。
 あとは言葉など無い。二人は見つめ合い、自然と近付いていく。
「狼……くん、ほんとうに……?」
「ああ……本当だ。戀の返事は……どうなんだ? よかったら聞かせて欲しい……」
「ええ、僕は……。いえ、僕も……」
 更に二人の距離は近付いていく。音を立てて、カバンが地面に落ちた。
 そして──。





「和登っ!! 和登、聞いてるのっ!?」
「きゃぁぁっ?!」
 突然耳元で名前を呼ばれ、絆は座りながら数センチ飛び上がった。驚きのあまり心臓が口から飛び出してしまいそうなほどにドキドキしている。
「な、な、なんですか、菜織さんっ」
「さっきから呼んでるの、聞こえないの? まったく……」
「ご、ごめんなさい、つい本を読むのに夢中になっちゃって……」
 そう言いながらも、絆は今読んでいた本を慌てて閉じて机の中に隠す。
 菜織はめざとくその行動を見ていた。
「何の本を読んでたの? それ、そんなに面白いの?」
「あ……えっと、その……」
 絆は困ったように声を上げる。まさか、人に見せられるような本ではない。
「き、気にしないで下さい! きっと、菜織さんには合わないと思いますからっ!」
「いいから見せなさいって!」
 菜織は素早く机の中に手を突っ込んだ。慌ててそれを止めようとするものの、呆気ないほど簡単に奪われてしまう。
「ふぅん、変わった装丁の本だね? こんなの売ってるんだ?」
「えっと……一応、一般の書店では売ってないけど……」
「そうなの? それならどこで買ったのさ?」
「その、えっと……お、お台場……かな……」
 余程恥ずかしいことなのか、そう聞かれて絆はしどろもどろになっていく。
「お台場? あんな所に特殊な本を売っているところなんてあったっけ?」
「う、うん、年に数回しかないけど……」
「ま、いいや。読ませて貰うね」
「あ、あぁっ、待って、ダメッ、それは……」
 絆の静止も聞かず、菜織は本のページを適当に開いてそこに掛かれている文章を読んでいく。
 数秒、何のリアクションもなかった。しかし次第に菜織の顔は耳まで赤く染まっていく。
 何かの読み間違いだとでも思ったのか、何度も、何度も、繰り返し同じ所を読む。
「な、な、な、な……っ! な、なんなの、これっ?!」
「な、菜織さん……」
「どうして? どうして男と男が……そ、その、な、なんで?!」
 今にも湯気が上がりそうなほど真っ赤になってしまった。そんな菜織を見て、絆もつられるように顔を赤くしていく。
「え、えっと……その……」
「そ、そもそも、これ書いてるの誰?! 誰がこんな物を……」
 菜織は本をひっくり返したりして著者名を見る。そこには『ヤガミ☆ツタヱ』と書かれていた。
 その名前を見て菜織は目を丸くする。
「……誰? と言うか、こんな名前の小説家っていたっけ?」
「えっと、それは……ペンネームだから……えっと……」
「と言うか、和登。これ、どこで買ったって? お台場のどこ?」
「その……こ、国際展示場……かな? ね、年に二回ね、そこで大きな同人誌の即売会があるの。その本は、その即売会で買った同人誌で……」
「同人……誌?」
 菜織は改めて本をあれこれと見ていく。確かに一般書店に並んでいる物よりも作りが甘い。
 それに文章もどこか素人臭さを残した物だった。
「え、えっと……な、菜織さん……?」
 本を見つめたまま動かなくなった菜織を気遣い、絆はそっと声を掛ける。
 が、心配は必要なかったようだ。菜織は元気よく顔を上げて絆の肩をがしっと捕まえた。
「和登! 今度、それはいつあるの? 私も、行ってみたいっ!」
「え? えぇっ? な、菜織さん、それって……」
「それと、この本貸してね! もっとじっくり読んでみたいから。そうそう、その同人誌即売会って奴の日取り、後で教えてよ。それじゃあね!」
「あ……っ」
 菜織はそう言うと、絆の本を持ってさっさと行ってしまった。絆は呆然としたままその菜織の後ろ姿を見送る。
「……私、まだその本全部読んでないのに……。良いところだったんだけどな……」
 ポツリとそう呟く。神父さんとあの犬の人、あれからどうなったんだろう? 展開は想像付くものの気になって仕方がない。
 しかし、でも……とすぐに考え直した。
「菜織さん、美人でスタイルもいいし、コスプレとか似合いそう。次回はサークルで当選したし、コスプレして売り子をお願いしても良いかも。だったら、あれで興味を持ってくれたのはラッキー?」
 あれの衣装が良いか? それともこっちか? などと絆の頭の中にゲームやアニメのキャラクターが浮かんでいく。
「本の事も考えなくちゃ。きっとあの本って狼戀の絡みよね? 神父さま受けも良いけど、私的には戀狼の方が好きかなぁ……」
 そんなことを呟きながら、絆はノートにネームを描き始めたのだった。


end